金華山に上るにあたりロープウェイを使いました。
ロープウェイを降りて、順路に沿って天守閣に向かうと最初に現れるのが上格子門跡。
天守閣までの道はかなり細く、かつ広い場所もありません。フロイスの「日本史」の記述にあるような百人にもおよぶ人間が住んでいたとはちょっと考えられません。
よく岐阜城は「断崖絶壁の上に建つ堅城」などと評されますが、用地が狭いため、とても守りやすいとは思えませんね。
二の丸入り口の石垣の隅をよーく見ると
「城まで一丁」
と書いた標識(?)がありました。
明治時代(今の前に木造の模擬天主あり)の名残でしょうか?
さて、下におりてみるとロープウェイ乗り口の上には三重の塔があります。
大正天皇の即位を記念、ということです。
公園内になんで三重の塔があるのか不明でしたが、ひとつ謎が解けました。
「城跡や古井の清水先とはむ」
の芭蕉の句碑もそばにあります。
公園内には板垣退助の銅像が建っております。
なぜかというと
「板垣死すとも自由は死せず」
の言葉で有名(?)な板垣退助が演説中に暴漢に切りつけられた際の言葉です。
この事件が起こったのが岐阜というわけですな。
今回はロープウェイで山頂まで行き来した訳ですが、次回は自分の足で登って
みようと思います(ほんとか?)
振休がたまっていたので、思い切って(?)消化。
天気の良いのにあわせて岐阜城に上ってみることにしました。岐阜県に生まれて40+@年。岐阜城に上るのは初めてです(^^;。
なにやら最近では、「攻略」とか「城攻め」とか物騒な言葉を使うようで・・・・・・。
岐阜城のある金華山の麓は岐阜公園として整備されております。
ちょっと駐車場がわかりづらいのが難点です。
岐阜公園の入り口には、「若き日の信長公」の銅像が。
なかなか凛々しいお姿ですね。
公園内にある信長公の屋敷跡ではないかと言われる場所を上から写します。
石垣を含め整備されておりますが・・・・・・
一部は発掘中でブルーシートが被せてありました。
「一部」といっても、かなり上の方なのですが。
山頂にある天守閣には登山道で上る方法と、ロープウェイの2種類があります。
ここは、しばし(?)逡巡のうえ、ロープウェイで登頂。
岐阜城は模擬天守なので、信長公時代のまま残っているわけではありません。
決して無条件に「模擬天守」を否定している訳では有りませんよ。
桜満開の季節を少し過ぎております。その点残念ですね。
天守閣の石垣は2段になっており、この低い部分が昔からの石垣のような感じがします(あくまでも個人的にね)。
石の色は、プラモデルみたいにグレーではありません。
売店で童友社のプラモデルを販売すれば売れるような気がするんですけど。
そんな事考えるのは自分だけですか。そーですか、そーですか。
天守閣の上より、信長公時代に家並みがあったであろうと思われる方向を望む。
長良川は当時と流れが違うようですが、町並みは長良川と金華山にはさまれた付近と思われます。
そして、自分の家方面を望む・・・・・・・。う~ん、山しか見えん(^^;。
遠くに岐阜の前に拠点をおいた小牧山や「国宝」犬山城が見えます。
やはり当時は重要拠点だったわけですね。
長くなるので、2回に分けます。
4月16日に行われた鈴鹿2&4に行ってきました。
前日は雨模様だったのですが、この決勝日は「快晴」とはいえないものの、なかなかのレース日和でした。
東名阪道路は既に7時頃に桑名東インターで混雑していたのですが、これは当日の男子ゴルフの決勝があった模様。
やっぱり某選手人気、いまだ衰えずですか。
あとは鈴鹿インターまでスムーズに移動できました。
これは、昼のインターバル時の
ウィリアムズFW11B 星野一義
対
ロータス100T 中嶋悟
の図。
スターティンググリッドにてトラブル発生し、レース?は次回に持ち越し。
絶対この二人、まわりを巻き込んで楽しんでいます(^^;。もちろん観客も大喜び。
フォーミュラーニッポンの決勝は中嶋一貴優勝。観客は2万8千人ということで、なかなか楽しめた一日でした。
やっぱり機会があれば実際に観戦したいですね。
それが競技(レースイベント)を開催してもらう原動力となると思うので。
天皇陵の謎 矢澤高太郎著 文春新書
元読売新聞文化部記者が天皇陵についての謎を語る。
「天皇陵として指定されている墳墓は、実際は違う人物が埋葬されているのでは?」という説は読んだり聞いたりしていましたが、まとめて読むと説得力大。
図面と地図、写真が多くて親切。
一度、この本を片手に現地を訪れてみたくなります。
宮内庁に対して結構批判していますが、終章に書かれていることに関しては全面的に賛成です。
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